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HISTORY

196012月16日、日本初の日米合弁広告会社、マッキャンエリクソン博報堂設立。瀬木博親社長(博報堂専務と兼任)就任。
社員数13名、資本金1,080万円。
19614月、本社を神田錦町の博報堂本社内に置き、本格的な営業開始。瀬木博親会長、M・カール・ジョンソン社長(マッキャンエリクソン本社より派遣)就任。この年の売上高3億円。
1962本社を長谷川ビルに移転。社員数152名。売上高18億円(10億円台に)。
1964ジェームズ・P・ファーレイ社長就任。
1965日本で初めてGRPを導入。低料金・低料率からリーチ&フリークェンシーの時代へ。
1967本社を神保町の小学館ビルに移転。マープラン・ジャパン発足。社名をインターパブリック博報堂に変更。社員数305名、売上高51億円(50億円突破)、広告会社で9位
(初のベスト10入り)。
1970創立10周年。媒体局にメディア・リエゾンが設置される。売上高110億円(100億円突破)。
1972日本で初めてCARPを導入。個人別のリーチ&フリークェンシーの時代へ。資本金1億2,705万円(1億円台に)。
1974インターパブリック博報堂労働組合結成。
1978ジェームズ・P・ファーレイ会長、大下浩爾社長就任。本社を青山一丁目の新青山ビルに移転。
1979社名をインターパブリック博報堂よりマッキャンエリクソン博報堂に変更。
1982マックス・クズニア会長就任。
1984大阪事務所を支社に昇格。マッキャンニュース(社内報)創刊。
1985マッキャンダイレクト設立。
1987マープラン・ジャパンをインフォプランに社名変更。
1991大下浩爾会長、ドナルド・J・ディロン社長就任。
1993大阪支社をアクア堂島に移転、拡充。博報堂との合弁を解消。
1994マッキャンエリクソンの100%出資となり、マッキャンエリクソンに社名変更。ジョン・W・フィッツジェラルド社長就任。
1996ジョン・W・フィッツジェラルド会長、初のクリエイティブ出身、坂田耕社長就任。
1997媒体接触、消費・購買に関するパネル調査MACInsightの第1回(1998より利用開始)。
ユニバーサルコミュニケーションズ本部、世界的組織のモメンタムの一員となるのに伴いモメンタム・コミュニケーションズ開発本部に名称変更。
1998マーク・ゴルト会長就任。組織を専門分化し、それらを有機的に結合するコリドー戦略採用。
マッキャンダイレクト、MRM(マッキャン・リレーションシップ・マーケティング)のグローバルネットワークの一員になるのに伴って名称変更。
1999医療分野の専門広告会社、スタンダード・マッキンタイヤを米本社の100%子会社として、トーレラザール・マッキャンに社名変更。PR会社、IPRシャンドウィック(現ウエーバー・シャンドウィック・ワールドワイド) インターパブリック・グループの傘下に。100%出資の広告会社、ザ・ハリソンエージェンシー設立。
2000坂田耕会長、マックス・ゴスリング社長兼CEO就任。株式会社モメンタム・エム・アイ・ケイ設立。
2001青山グラフィックデザイン設立。
2002ブランドコンサルティング会社、株式会社フューチャーブランド設立。MRMパートナーズ・ワールドワイド(登記上は株式会社アイ・エス・ディー・ジャパン)設立。 医療・ヘルスケア分野の統合コミュニケーション・コンサルタント・サービスのために専門組織「McMEDICAL」発足。忠見正仁、MRMパートナーズ・ワールドワイド社長就任。
2003MRMパートナーズ、大阪オフィス開設。坂田耕会長、全日本シーエム放送連盟理事長に就任。マックス・ゴスリング、アジア太平洋地区のリージョナル・ディレクターに就任。坂田耕、取締役名誉会長に就任。
2004新しいコーポレート・アイデンティティを導入。
ヤングアダルトへのマーケティング・コミュニケーションを専門とするtag tokyoを発足。
モメンタム「イベント&スポンサーシップ事業局」を設立。MRMパートナーズ・ワールドワイド、神戸オフィスを開設。MRMパートナーズ・ワールドワイド、ネスレジャパングループ及びベルシステム24とのパートナーシップで「トゥギャザー・ネスレリレーションシップ・センター」を神戸に開設。マッキャンエリクソン、執行役員制度を導入。
中山英明、マッキャンエリクソン大阪支社長に就任。
2005マックス・ゴスリング、代表取締役会長に就任。ケビン・ラムジー、代表取締役社長&CEOに就任。英文社名をMcCann Erickson Japan Inc.に変更。株式会社モメンタム・エム・アイ・ケイ、マッキャンエリクソン100%出資による法人となり、株式会社モメンタム ジャパンに社名変更。
ワリード・アボウルジェビン、マッキャンエリクソン大阪支社長に就任。株式会社青山グラフィックデザイン、株式会社青山クリエイティブスタジオに社名変更。
MRMパートナーズ・ワールドワイド、株式会社エムアールエム・ワールドワイドに社名変更。
2006エリック・アインホーン、代表取締役(非常勤)マッキャン・ワールドグループ アジアパシフィック リージョナル ディレクターに就任。
2007デイビッド・マッコーガン執行役員 戦略プランニング本部長、日本における職務に加え、マッキャン・ワールドグループ アジアパシフィック リージョナル・戦略プランニング・ディレクターに就任。
ケビン・ラムジー代表取締役&CEO、日本における職務に加え、マッキャンエリクソン アジアパシフィック リージョナル・ディレクターに就任。株式会社猿人を設立。
2008河野明彦大阪支社長に就任。
2009並木博(株)モメンタム ジャパン 代表取締役社長、(株)青山クリエイティブスタジオ 代表取締役社長、取締役に就任。
マイケル・マクラレン、マッキャンエリクソン代表取締役社長&CEO、マッキャン ワールドグループ アジアパシフィック リージョナルディレクターに就任。
201012月16日、50周年を迎える。
マーク・クレマー、エムアールエム・ワールドワイドの代表取締役社長&CEOに就任。持株会社、㈱マッキャン・ワールドグループ ホールディングス発足。
猿人をENJINに社名変更。
アマー・ウルヘカー、マッキャン ヘルスケアワールドワイドジャパン代表取締役社長に就任。
2011潮崎美穂、エムアールエム ワールドワイドの代表取締役ゼネラルマネージャーに就任。
ショッパーサイエンス東京オフィス新設。
マイケル・マクラレン、マッキャン・ワールドグループホールディングス、マッキャンエリクソンの代表取締役会長に就任。
片木康行がマッキャン・ワールドグループ ホールディングス、マッキャンエリクソンの代表取締役社長 兼 CEOに就任。
2012松井薫、メディアブランズ日本代表に就任。中村穣、媒体本部本部長就任。
マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンのCMGとエムディエス株式会社の統合によりMDS-CMG新設。
田邨真理、マッキャンエリクソン、シニア・プランニング・ディレクターに就任。
(株)メディアブランズオーディエンスプラットフォームを設立。藤中太郎、マネージング・ディレクターに就任。
2013ジャック・ブレーキーがマッキャンヘルスコミュニケーションズ、マネージングディレクターに就任。
アントニー・プラント、IPGメディアブランズ・ジャパンのCEOに就任。
2014田邨真里、マッキャンエリクソン、取締役 ゼネラルマネージャーに就任、齋藤幸蔵、マッキャンエリクソン、取締役 媒体本部 本部長に就任。
中村猪佐武、マッキャンエリクソン、制作本部長 兼 エグゼクティブ クリエイティブ ディレクターに就任。
(株)チェースデザインを設立。
2015ジョン・ウッドワード、マッキャンエリクソン及びマッキャン・ワールドグループのチーフ・ストラテジー・オフィサーに就任。
クラフト ワールドワイド代表取締役社長に、武田 英彦が就任。
2016片木康行、マッキャン・ワールドグループ ホールディングス代表取締役共同会長に就任。並木博、マッキャン・ワールドグループ ホールディングス共同会長に就任。
チャールズ・カデル、マッキャン・ワールドグループ ホールディングスの代表取締役社長 兼 CEOに就任。宮澤剛志がUMマネージングディレクターに就任。

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